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【パート10】第7章 人は死ぬと誰かの心の中に生きる



 

笑いヨガ、母、ベストセラー、縁起、釈迦




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書籍

「いつまでもいると思うなお前の母親ーお母さん、明日、死ぬかも-」
著者.権祐二

  

第7章 人は死ぬと誰かの心の中に生きる
  143〜146

ぺ-ジより

(引用)

=========== 

(前回の要約)


・神様や天国は存在しますか?の問いに、
 
将来、私の考えは変わるかもしれませんが、 現状、
 
「神様も天国も科学的には存在しない。しかしたった2つだけ存在する場所がある、 それは私たちの心と脳だ」
 

「それが空の思想で、神様は存在しないけど、存在するということ」と答えます。
   
 
・私は神社仏閣でお参りをするとき、目の前の仏像.御神体には、敬意を払いつつ.
 
そこに神様や神仏はいないと考えるようになりました
 
そして神仏は、私の心の中にいるんだと、不思議な気持ちになるようになりました。
 
 
 
  (つづきより)


【人は生きているうちは自分の心の中。
 
死ぬと親しい人の心の中に生きる】
  
 
 
私たちの脳は、五感をとうして時間のずれた幻想を見ていること。
  

時間という存在さえも脳が作りだしているかもしれない。
  
神仏の存在も心や脳が作り出しているかもしれない。
  
とすれば、今、目の前にいる私たちの大切な、家族や友達も、
  
そして死んで存在が消えた大切な人も、
  
  
私たちの脳の記憶として「存在していない」とも言えるし、
  
「生きて」いるとも、言えるのではないでしょうか?
 
 
存在しない神様、神仏が脳(心)のなかに存在するのなら、
 
霊やご先祖様だって私たちの心(脳)の中に存在するのでは・・・
 
 
いきなりですが、タイムマシンって作れると思いますか?
 
 
過去や未来にワープする機械です。

  
苫米地博士が科学の力で時間の壁をこえたとき、
  
2500年前の釈迦と会話ができるかもしれない、
  
というのは「情報的」なことを言っているのかもしれません。
 
  
苫米地博士は、高野山に訪れたり空海の残した文献、思想に触れたことで
 
「俺、空海にあったぜ」とぶっ飛んだことも言います。
  
 
そういう風に考えると21世紀の現在はタイムマシーン的な情報装置がいくつか存在します。  
 
 
例えばレコードCDから始まって、今ではスマートフォンの音声ファイルで音楽を楽しめます。
 
 
録音技術は、「ある時間の場所で記録した素晴らしい音楽を別の時間と場所で再生する」
  
 
という「時空(時間・空間)」 を超えた体験を私たちに与えてくれます。
  
  
これってタイムマシーンじゃないですか?
  
写真も映像もそれは幻想かもしれませんが、
  
その人が生きていた姿や、形、声、情報を私たちに残してくれます。
  
 
私は少なからず、亡くなった母、文子の写真、動画、音声をiphoneやipadで残していました。
 
 
もっと母の動画や写真を撮っておくべきだったと後悔しています。

 
これまで見てきたように仏教と脳科学の関係、量子論、空の思想を

私は苫米地博士の著書で触れていました。

 
そして苫米地博士の以下の言葉を思い出し、その深淵に私は感じるところがありました。
 

それはテレビ東京の番組バラ色ダディの切り抜き動画、
  
"子どもの疑問1位 人は亡くなるとどこへ? Dr.苫米地 2022年5月16日" (YouTube)
  
で、苫米地博士が仏教の天台宗のことばを紹介していました。
 
 
「人は生きているときは自分の心の中。 亡くなると親しい人の心の中にいる」
 
 
私はこの言葉を思い出し、母は私の心のなかで時空を超え、生きているのかもしれない、と思いました。
 
 
もしご高齢の親御さんがいらっしゃったら、とくにお母さんがご存命なら、
 
いっぱいあなたのお母さんとよい思い出を作ってください。
 
 
そして写真、動画もたくさん残しましょう。 今ではスマートフォンだけでいろんな記録を残せます。
 
 
そしていつかその記録を再生し、私たちの心に生きる大切な人を思いだそう。
 
 


(第7章おわり)


===========




  
(引用おわり)

 

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著者 権祐二



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