【パート9】第7章 人は死ぬと誰かの心の中に生きる

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書籍
「いつまでもいると思うなお前の母親ーお母さん、明日、死ぬかも-」
著者.権祐二
第7章 人は死ぬと誰かの心の中に生きる
141〜142
ぺ-ジより
(引用)
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(前回の要約)
・仏教の縁起の思想をさらに発展したものが「空(くう)の思想」です。
・空の思想では、目の前の存在は、無数の連続して動く関係性によって存在すると考えます。
・空の思想では、気のような「何かを感じる」という情報的な存在もおこりえます。
・これが「存在するけど存在しない、存在しないけど存在する」という状態です。
(つづきより)
【神仏は私たちの、心、に存在する】
ふたたび「神様は存在するのか?」という話に戻します。
神様や天国って存在するんだろうか?と、キリスト教的な宗教感や問いがあったとします。
将来、私の考えは変わるかもしれませんが、 この本書を書いた時点の現状の私は、おそらく次のように答えます。
「神様も天国も科学的には存在しない。しかしたった1つだけ存在する場所がある、 それは私たちの心(の中、あるいは脳)だ」と。
「それが空の思想で、神様は存在しない、けど存在するということだ」と。
よくよく考えてみると、「心」と「脳」という2つの表現に分けられるので、
「神様は存在するのは、たった2つだけだ」とも言えます(苦笑)
私の張式気功の師匠は気功の療術が上手くなるコツは
「神仏にたのむこと。神頼みすること」とハッキリいいます。
例えば日本で張式気功をひろめた張永祥先生は、患者さんの家に訪問して治療するとき仏壇やご先祖さまを供養する祭壇があれば、必ず、そこで手を合わせるそうです。
患者さんのご先祖さまにも治療を助けてくれるように願ってから、気功の治療をするのです。
私の師匠はまた、気功の練習として神社仏閣のパワースポットに訪れお参りをして気を感じる練習をしなさいといいます。
これらの空の思想や、私たちの心(脳)に神仏が存在するという知見を得て以来、 私の宗教感に大きな変化が生まれました。
私は以前にもまして何かをするとき神仏に心のなかで頼るようになりました。
しかし非現実な神頼みは一才おこないません。
何もせずお金が儲かるようにとか、宝くじが当たりますようにとか、そんな事は願いません。
神社の御神体を拝むとき、その御神体に神様はいないのだなと思うようになりました。
もちろん重要文化財としての価値がありますので、いくら御神体に神様は宿っていなくても、 圧倒的多数の人々が、重要な文化財として大切にしたいという思いの情報があります。
神社仏閣の重要文化財は大切に礼儀を正して、この日本の文化に合わせて大切にしなければいけません。
現在、一部の日本に訪れた素行の悪い外国人が、神社仏閣に落書きをしたり、立小便をするなど言語道断でやってはいけない行為をしています。
そんな事は絶対してはいけません。
私は神社仏閣でお参りをするとき、目の前の仏像や御神体には、敬意を払いつつも、
そこに神様は、いないんだ、神仏はやどっていないんだと思うようになりました。
これらのご神体は、私たちの心の中に神様がいることを思い出させる大切な道具なんだ。
と思うようになったのです。
そして今、神様は、私の心の中にいるんだと、不思議な気持ちになるようになりました。
(つづく)
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(引用おわり)
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