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①いつまでも、いると思うな、おまえの母親①

母、文子(ふみこ)81歳が6月30日に亡くなりました。

息子の私は46才。

写真が笑いヨガクラブでの
私と母です。

母は私の生きる目的の1つでした。

母と私とで一緒に暮らしていました。


苫米地英人博士の脳科学と仏教の関係、

私の張式気功の気功師の師匠から学んだ
気功や、真言密教の解釈や教えが、

今の母を失った私の心をだいぶ、救ってくれています。

母は認知症もなく、ふらつく足腰も緩消法(かんしょうほう)という自分で体をなおす治療法で治ってきていました。

母が99歳まで、一緒に楽しく生きる予定でした。

「そのうち結婚して嫁さんつれて孫をつくるから、それまで死なんと生きといてや!」

と、私は母の気持ちに生きる意志のハッパをかけていました。

死因は、母は風邪をひいていました。

寒がりでお風呂好きの母は6月30日土曜日の朝8時ごろお風呂に入ったのです。

お風呂のガスで追い焚きをしながら入り、そのまま眠ってしまい、30分以上、沸騰したお湯で全身の火傷。

お風呂のなかで、
心臓停止し、眠るように天国にいきました。

警察の方のお話によると、「ヒートショック」を起こした可能性もあるかもしれない。
 
すぐに意識がとぎれ苦しまずに心臓が停止したのではないか?という話でした。



悔しくて、悲しくて、悔しくて、悲しい。


私が、30分ほど、もっと早く気づいていたら、母は死んでいませんでした。

母が死んで初日。
悲しいきもちなのに、驚くほど涙がでません。

「あかん、これはジワジワ苦しみがくるやつや」


私はマザコンなのだと思います。

いやマザコンです。

(マザコン・・「マザー・コンプレックス」の略。大人になっても子どもが母親に依存したり支配されたりして自立できない状態を指しています。
常に母親のことを第一に考えて判断・行動します)


初日はほんとに泣けませんでした。

いろんな事が、頭のなかで起こって、考えすぎてしまって、

俺はこんなに冷たい人間なのかと思いました。

そして、
このあと、心の中にポッカリあいた、母を失った大きな心の穴がジワリジワリと私の精神を襲い、苦しめ、

大きな影響を与えることに恐れおののきました。


2日目の7月1日

棺(ひつぎ)の中に入った母のまえで、私は号泣しました。

私が泣いてしまう、母との、記憶の思い出のスイッチがわかりました。


私が笑いヨガをやってるのも、気功療術を学んだのも、緩消法を紹介しているのも、

大きな目的の1つは、これらを使った母への心や肉体のケアでした。


そしてこれらの活動を紹介し、私のような高齢の母親をもつ人達に、
 
自分のお母さんに痛みのない元気な姿で過ごしてもらう働きかけや問題解決の参考にしていただくことでした。


そんな母を私は失いました。。。

お母さん!ごめんな!ごめんな!
お母さん!ありがとう!ありがとう!
お母さんのために。おれしっかりするわな!

今も、この言葉をひとりごとで、つぶやいたり、心の中で叫んでいます。
 
 
苫米地博士のバラ色ダンディで、紹介された仏教、天台宗の教え

「人は生きているときは自分の心のなか。
死ぬと他人の心の中に生きる」

とても深く示唆に富んだ言葉です。

この言葉に母を失った私は
いくぶんか救われています。



合掌。 母さん産んでくれてありがとう。



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