ママは毒親? (汚部屋を公開・閲覧注意)

前回のブログから
「自分を傷つけた親(あるいは親類など)
を許せるか?」
の続きです。
笑いヨガ創立者マダン・カタリア博士
の瞑想の授業で「許し」の課題をします。
それと同時に、自分のまわりの人たちに
「感謝」する宿題もでました。
(カタリア博士の瞑想授業の様子)
↓↓



感謝の宿題は誰かに「ありがとう」と言ったり
感謝の手紙を書いたりと言った内容です。
また感謝している事を
紙に書き出すリストアップなどもします。
私の「許せない」70代の母親について
感謝できる良い事をリストアップしようとしました。
悪いことが良いことを相殺(そうさい)して
ぜんぜん感謝したいリストがでてきません・・・
「お母さんだから家事をしたり、
ご飯を作ってくれるでしょう。
感謝できるリストは
結構でてくるんじゃないかな。」
と思われるかもしれません。
「家事」
これが私の母への「悩み」のタネの1つです。
私は母と2人暮らしです。
母はこと住居での掃除、整理、整頓、清掃については
「まったくダメダメ主婦」です。
とにかく家中をチラカシて、あらゆる汚いもので
足場をなくし、ゴミゴミ、ぐちゃぐちゃした
「汚(お)部屋」にします。
私がどんなに片付けても、
母の縄張りの、台所、母の部屋、ベランダ、風呂場などは
以下のようなもので足場をうめます。
たとえば、服、肌着と布切れ、ビニール袋、
よごれた紙きれや古新聞、古雑誌、食べカス、果物の皮、
惣菜が入っていたプラスチック容器(当然、洗ってない)、
食事をたべた後の洗わない器、シップや貼り薬の入っていた空の紙箱。
他にも謎の得体のしれないゴミのような物体が、
例にあげたモノと混ざりあって
部屋中に混然と錯乱されています。
すごく困るのは通路にも浸食し、
歩ける箇所がほとんどなくなっているときです。
裸足で歩くのは危険で、
なにか固いプラスチックの物体があるものなら
それを踏むと、ヘタをすると足の裏を傷つけます。
なので母の縄張りの台所や場所に行くときは、
足を傷つけないよう家のなかでも
ゴムのサンダルを履く事はかかせません。
モノを踏まないと家の中をとうれないからです。
台所は本当にひどくて、テーブルの上は、
いつも得体の知れないものでいっぱいです。
テーブルの下も、汚れた鍋やら食器やらと、
ゴミだめのようなものでいっぱいです。



(母が散らかした汚部屋の台所を公開。
この日はホントにひどかった。)
「ゴンさん、あなたが片付けたら、いいじゃないですか」
と言われそうですね。
はい、たまに片付けます。
しかし基本的に1日中、家にいる母が
私が仕事や外出中にすぐに家をあけると、
せっかく見えていた足場の床を、ぐちゃぐちゃの物で
いっぱいにします。
歳をとったから整頓整頓、掃除能力が落ちたのではありません。
私が子供のころから汚部屋なのです。
そのくせ母がいる前で、私が散らかったモノを片付けようとすると、
「私がするから、片付けるから」とやりもしない事を言って
私がモノを触ることを嫌がります。
私は怒って
だつたらすぐに片付けろ、きれいにしろや、と言っても
「今日は埃をとっていたから」とか「洗濯をしていたからとか」
わけの分からない言い訳をして、すぐに片付けるという事はしません。
そのまま部屋をきれいにしない事を非難しても
無意味な口ゲンカに進展するだけなのです。
「モノを捨てろ!」「今すぐ片手づけろ」「せめて通路にモノおくな!」
「汚すぎて台所で食べる気しないんだよ!」
と無駄な感情のエネルギーを使い果たしてクタクタになります。
口で言っても何も変わらないので、私はもう諦めています。
母が寝ているとき、風呂に入っているとき、ベランダにいるときなど
相手の目を盗んで、母が昨日の夕方に食べ、そのままテーブルの下に置いてある
バナナの皮と一緒くたにされた薄汚れたビニール袋を回収したり、
流しのシンクにそのまま汚らしく放置してある、
野菜の腐った皮と、即席メンの袋と、
洗ってない食器などを片付けたり、
といった事をします。
私は片付けの能力はありません。
だから私より片付けの能力がない母が
汚部屋にした家中をスッキリきれいにすることができません。
このような汚らしい、ゴミゴミした汚部屋で、育った私は
何らかの悪い精神的な影響を受けているような気がします。
前回のブログで、「毒親の定義は?」と考察しました。
私の母は虐待をするような
直接の被害をおこすガチ毒親ではありません。
しかし「汚部屋」という物質的な状況をとうして
子供に悪影響を与えているプチ毒親なのかもしれません。
母をプチ毒親・認定する根拠は
汚部屋ライフだけではありません。
その他にも、ここでは言えない
さまざまな葛藤と理由があります。
前回のブログで
「相手がほぼ100%悪いとき、相手に原因があるときどうやって許せばいいんだ」
という悩ましいテーマを考えました。
だから私は母に対して
「(いつも汚部屋にして) 私の意志の力を鍛えてくれてありがとう」
と心の中でつぶやくのです。
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「問題は自分の外にあると考える
ならば、その考えが問題である」
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これはリーダーシップ・コンサルティングの
フランクリン・コビー社を創業した
スティーブン・R・コビー博士の言葉です。
私がいくら、母を非難しても、母は変わりません。
コビー博士が、その著書「7つの習慣」で言っているように
相手を変えることはできないんです。

(こちらをクリック)
この逆説の感謝アファメーションをしながら
母への許しと感謝の宿題が少しづつ出来るようになっています。
(しかし、またよくケンカして、早く死んで欲しいレベルまで
増悪する感情にとらわれる時もありますが)
前回も紹介したこのフランクリン・コビーの動画が
母との関係を考える上でいつも救われています。
第1の習慣 自分の天気を持つ
↓↓
https://fce-publishing.co.jp/8h/mov/7h_mov_01.html





【追伸】
母の良いところ、感謝リスト1つ発見しました。
うちの母の良いところ、
その①「母よ、犯罪レベルの毒親でなくて、ありがとう」
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